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デザイナー コシノジュンコ×日展理事長 宮田亮平
「美しいものは、人をポジティブにする」【後編】

2023年11月、第10回日展を記念して、国立新美術館にて、世界的なデザイナー、コシノジュンコさんをお迎えし、日展宮田亮平理事長と対談を行いました。話は、東京藝術大学学長時代の二人の出会いからはじまり、コシノジュンコさんの奇想天外な仕事ぶり、芸術を志したきっかけ、心がけていることなど。ポジティブなパワーに満ちたアクティブな活動を、数々のショーや展覧会の映像で紹介しながらの軽妙なトークに、会場はおおいに湧きました。では、その対談をお楽しみください。

 

コシノジュンコ展「原点から現点」

宮田亮平: ちょっといい原点の話をしたらですね。また映像やりましょうかね。お願いしてよろしいですか。

コシノジュンコ: 去年、大分県立美術館で「原点から現点」という展覧会をしたんですけど、坂茂さんの建築で素晴らしいんですね。なぜそこでやったかというと、実はあのTAOという和太鼓のTAOの衣装をもう13年やっております。太鼓ってあんまり縁がなかったんですけども、初めて見た途端に、衣装を変えれば面白くなるなって急にムラムラときまして、それからブワーって衣装を取り替えたら、ブロードウェイとかラスベガスとかああいうところに似合うエキゾチックなものになってというような経験がありまして、その人たちは大分県久住に住んでるんですね。だからそこからのお話なんですよ。

宮田亮平: これは何でしょう。

コシノジュンコ: これは1970年の大阪の万博ですね。これ、赤と黒のね。これ対極コンセプトって言いましてね。人間は両手あるように、二つのもののバランスですね。西洋と東洋というような。人間で言うと男と女みたいな常に二つあって、例えば天と地とか前と後ろとか常にいつもいつも二つあるわけですよ。二つの自分が中心になってバランスを取るという対極コンセプトなんですけども。色で例えるなら赤と黒ってちょっと極端ですけどもこの白と黒とか赤と黒とか、だからパキッとした人が私は好きなんですね。日本のコンセプトに「入れ子」ってあると思うんですね。

宮田亮平: 対極っていうのもいいですね。相対的な違いがある。

コシノジュンコ: はい。パリでも対極展をいろんなアーティストと一緒にやったことがあります。セザール、ヴェルナール・ヴネ(彫刻家)、ジャン・ミッシェル・ヴィルモット、ポール・アンドリュー(建築家)。
このへんはちょっとキューバでショーをやったんですけども。

宮田亮平: 世界何カ国ぐらい?

コシノジュンコ: いや何カ国っていうか、やっぱりパリコレをやってるから、どの国行っても何ともないっていうのかな。やっぱり基本がそれかもしれないですね。

宮田亮平: 22回ですよね。

コシノジュンコ: 44回、年2回でした。すぐ来ちゃうんですよ。あっという間、今やってるうちに次来ちゃうでしょ。だから同時に考えなきゃいけないんです。

宮田亮平: これですね。竹。

コシノジュンコ: これ竹でこっちはね。山ぶどうの蔓(つる)です。こんなのできないでしょう、できないでしょうっていって、まず挑戦してみてくださいって言いました。やる気になればできますよね。

宮田亮平: ねえ。いわゆるその洋服の概念っていうものはもう超えてますよね。

コシノジュンコ: これがTAOの衣装ですね。これがね、実はもう2000点くらいあるんです。

宮田亮平: そんなにあるの?

コシノジュンコ: あります。13年、人数多いから。で、毎回つくりますでしょ。だからやっぱりおんなじもの見ていると、マンネリっぽく見えるから。

宮田亮平: なるほどTAOっていうのは。

コシノジュンコ: 30周年、今年。和太鼓。

宮田亮平: 和太鼓のすごい集団なんですね。

コシノジュンコ: はい。

宮田亮平: それがまたコシノさんのファッションとすばらしくあってるんですね。

コシノジュンコ:最初ね、衣裳展やればできるんですけど、まあそれよりもっと立体的にやろうってことから。デッサンからやって。

宮田亮平: これ。

コシノジュンコ: これお能のお家元のために初めて能衣装を作らせていただいて。

宮田亮平: 素材がなんかすごい違ってた。

コシノジュンコ: これはもうほんとに、いちおうルール通り西陣織で、高いんですけどがんばって、ただデザインはちょっと私、一からやりましたからね。これ革で。風神雷神の衣装ですね。

宮田亮平: 革。

コシノジュンコ: 革です。革でね。お家元がびっくりしたのは革で、これ、やっていいんですか。いいんですよね。みたいな、そこらへんがすごくびっくりされたみたいです。

宮田亮平: そう言う意味では観世さんは非常に柔軟に対応してくださった。

コシノジュンコ: そうなんです。そこがやっぱり頭が柔らかい。

宮田亮平: それと、お若くしてお家元になってるんで、いろんな経験があっておもしろいですね。

コシノジュンコ: これがもうずっと。これはこれでちょっと和のテイストですけれど、やっぱり外国で着物着るってたいへんですよね。これ一分で着れるわけですよ。

宮田亮平: はあ。

コシノジュンコ: Tシャツドレスに、上に羽織るだけだから。まあちょっとエキゾチックなものですね。

宮田亮平: ちゃんと和のテイストがはいってますよね。

コシノジュンコ:だからどんなイブニングドレスよりも強いですね。これは武尊(タケル)っていうK1の選手です。その人のガウンですね。

宮田亮平: リングにあがるとき着る。

コシノジュンコ: そうそう。あれってすごい重要なんですよ。まだ試合の前に、勝つっていう儀式、これすごいでしょ。

宮田亮平: ですね。

コシノジュンコ: だから私のユニフォームは強いってよく言われるんだけど、あの頑張ってって、外から声援されるよりも。これ賢史郎(ケンシロウ)。この人も負けずしらず。可愛い男の子だけど細い。だけど、いざというときには強いんです。これを着ると絶対に負けたらカッコ悪いっていう。そこなんです。

宮田亮平: プレッシャーもありますね。

コシノジュンコ: プレッシャーもあります。それ意識だから本当に。長島監督がちょうど巨人の時に長島監督になった時に私のブルゾンを着てくれたんですね。それで私、長嶋さんと対談を2回やったことがあるんですよ。

宮田亮平: そうですか。

コシノジュンコ: 1回目。あの「ホテルニューオータニ来てください」って言うからニューオータニ行きました。でニューオータニの3階エレベーター降りてつきあたりですって。遠いんですよ。50メートルくらいあってつきあたり。長嶋さんは立っていて、私の顔を見てお礼してくれるんですよ。私もお礼してそこまで歩いていくんです。

宮田亮平: 結構きついですね。

コシノジュンコ: きついです。頭上げるとまたお礼してくださる。また上げると10回くらい。

宮田亮平: あ、そう。

コシノジュンコ: 可愛いというか。

宮田亮平: チャーミングな方ですね。

コシノジュンコ: そうですね。あまり不思議と思わないんでしょうかね。礼してくださる。しょうがない。私も2回、3回、ずっと10回くらいしました。そういう可愛いというか憎めないというか、だからいいんでしょうね。

宮田亮平: やっぱり野球の時のあの姿とね。また絶対、例えばあの陛下がご覧になった展覧試合の最後の最後にちゃんとホームランを打つとかね。やっぱりなんかね。そういう神がかったものを持ってますよね。つかむものをね。

コシノジュンコ: 特別ですよね。

宮田亮平: それはね。同じようにコシノさんも持ってますね。

コシノジュンコ: いいえ、先生も持ってる。

宮田亮平: いやいやいや。

コシノジュンコ: イルカがいるじゃないですか。イルカが。だって先生のイルカご存知ですよね。藝大を受ける時にあの船なんとか船。

宮田亮平: 小さな船だったんですけど。

コシノジュンコ: そうそれに乗ってそのイルカの大群に出会って藝大を受けて。

宮田亮平: 落ちてね。

コシノジュンコ: 1回落ちて。

宮田亮平: 2回も3回も落ちたんですけど。

コシノジュンコ: いや、でもね、私一応藝大に落ちた子がいて、すごくしょげてたから、その時たまたま先生が「大丈夫だよ、2回でも3回でも落ちていいんだよ。僕だよ、今学長だよ」。もう、ルンルンで帰りましたよね。「1回じゃダメだよ」って。

宮田亮平: 今ね、コシノさんとすごくやりやすいんですよ。今「大丈夫」っていうキーワードあったでしょ。言ってたでしょ。大丈夫なんですよ。

コシノジュンコ: ここにポンと出ます?

宮田亮平: 大丈夫出るでしょ。

書籍 『コシノジュンコ56 大丈夫』
人に喜んでもらうために生きている 

コシノジュンコ: 私ね、コロナのときにこの本を書いたんですね。コロナ禍は、いっぱいある写真とか整理して、言葉もいっぱい貯めて、この時にまとめようと思ってそれで書いたのがこの大丈夫の本なんです。コシノジュンコ語録でいっぱいあるんですけど、選んで56(ゴロク)にしたんですね。

宮田亮平: 僕、全然分からないもんだからコシノジュンコ56人とか、バシッてやられちゃいますね。

コシノジュンコ: それでこの「大丈夫」という字がすごく素敵なのはね。全部人です。やっぱりね。人に見てもらって、商売だったら人に買ってもらったり、喜んでもらったり。だから自分じゃなくて相手が人であるってことですよね。人に喜んでもらうためにやっぱり生きてるんだなと思って。やっぱり人間一人だと、特にあのコロナの時に皆さん本当に一人ぼっちになった方もいらっしゃるし、やっぱり人と会うとやっぱりイメージも出てきたり、おしゃれをしたくなる。ねえ。どんどん前向きになるじゃないですか。一人だとこもっちゃってあまり発展性がないかもしれないんだけど、この人、人、人、人のためなんですね。それで大というのはたった一人。全ては一人から始まるっていうふうに思います。だからその一人一人がここに集まってる方々だと思うので、みんな一緒じゃないということですよね。それでね。うちの主人も今日来てるんですけど、夫大切って書いてあるよって。でもね。夫は妻がいるから夫って言う、一人じゃないの二人なんです。二人って書いてある。

宮田亮平: 僕ね、その話聞いた時に憎いなと思って、なかなかうまいこと言うなと思いましたけど。ほんとそうですよね。

コシノジュンコ: それでまあここに。ここに語録がいっぱいありますので、その中に一つあげるとすれば私はね。「将来から見ると今日が一番若いのよ」って言うと、みんなルンルンで帰るんですよ。そうだ。そうだ。今日が一番若いんだよ。今が一番生きててここに来れてるし、ここで笑ってるし、ここの出会いだし、これが、今日が一番、10年後から見たら、今日やっぱり一番若いですよね。だから今が、今日が一番若い。明日より今日ですよ、今日が一番若い。明日になると昨日になるからね。

宮田亮平: うまいこと言うね。

コシノジュンコ: 今日が一番若い。一言でみんな顔色変わってルンルンで帰りますよ。若いんだ。やるのよ、今よ、みたいな。今が大切よ、みたいな。

宮田亮平: そうそう、皆さんちょっとマスク取ってご自分。自分は見れねえかっていうくらい。いかがですか。こう、なんか輝くような気持ちに。これやっぱりね。美しいことっていうのが人をポジティブにするっていう。なんとも言えない先生の実行力にあるような気がするんですよね。やっぱりあの、美しいものとか、クリエイティブなものとか、見たことないものとかそういうものを見ると目が輝きますよね。

コシノジュンコ: 当たり前よって言うんじゃなくて、違う考え方になると思うので、前に一歩進むと思うんですよ。

宮田亮平: いや。その一歩が大事ですよ。僕だってね。ネクタイ、イルカのネクタイしかしたことないんですよ。

コシノジュンコ: あ、そうですか。でもこれちょっとイルカみたいな飛んでるんですよ。

宮田亮平: そうなんです。あのね、生まれて初めてですよ。

コシノジュンコ: あ、すみません。首絞めまして。

宮田亮平: で、ちょうどいいんですよ。これまた。

コシノジュンコ: だからこの白目立たせるためにちょっと真っ黒くしてくださいって言ったりすると、黒いシャツ大変でしたね。いいのをみつけました。で裏に、自分でも手書きサインもしております。サインしました。

宮田亮平: そうですね。

50年前の1枚の写真

コシノジュンコ:あのね、ちょっと私の今日一番の写真ってあるんですよ。これ。

宮田亮平: これですよ。

コシノジュンコ: 私の、30歳ぐらいか20代か忘れちゃったんですけど、ビブロスとかムゲンとかって赤坂にあって、その時もう私はもう特別に私、安井かずみさんって、私たち仲良くて、主みたいにここをちょっと仕切ってたぐらいによく行ってたところなんです。その時にたまたま階段から降りてきたら天野幾雄さんってね。先生の先生でしょ。

宮田亮平: 私の先生の先生。

コシノジュンコ: 私それ知らなくてごめんなさいね。ものすごく仲良くて資生堂の仕事を1974年2年間ぐらいずっとコマーシャル一緒に山口小夜子さんとかね一緒にやっていたんです。そこにいらっしゃるので、せっかくですから、天野幾雄さん。

天野幾雄: はーい。

宮田亮平: どうもどうも、ひとこと。

天野幾雄: なんか急に。

コシノジュンコ: そうね。ごめんなさい。びっくりした? でも、うちのジャケット着てくれてる。

天野幾雄: ジュンコ先生のジャケットです。実はですね。この写真は50年前の写真なんですね。1974年だから来年50年なんですけど、ムゲンで。ちょうど私はその頃、カメラをいつも持って首にさげているときで、ちょうどムゲンのパーティーに行ったときに階段から降りてくるジュンコ先生を見つけてそれで撮った写真なんですね。で、この時にもう一枚壁に寄りかかったのと2枚撮ったんですが、その2枚が私も大好きな写真で、先生も大好きな写真で、いつも使ってくださって。

コシノジュンコ: もう一番の写真ってこれだなと思って。

天野幾雄: 今見ても本当に50年なんて考えられないですよね。宮田亮平理事長もコシノ先生とはちょうど50年なんですね。それから、宮田亮平理事長とは63年です。宮田亮平先生のあのお兄様の宮田宏平先生って、その宏平先生が私の恩師だったもんですから、そんなことで佐渡の島に行ったときに一緒に海で泳がしていただいたり。本当にその頃の出会いで。

コシノジュンコ: 宮田先生はね、天野さんにデッサンを教わったって言いましたよ。

宮田亮平: そうです。

天野幾雄: 何言ってんですか。

宮田亮平: おかげで藝大に入ることになりました。ありがとうございます。

天野幾雄: すみません。どうも失礼しました。申し訳ございません。突然だったんで。

コシノジュンコ: ごめんなさい。突然ふって、ありがとうございました。天野さんとはね。資生堂の一番いい時代かしら、本当に最高のコマーシャルの山口小夜子さんとかね。その前、私、石岡瑛子さんとも、いろいろやってたんですけど、天野さんとは長くやりましたよね。それもね。ここに展示していますということで、あべのハルカスで11月、今月の23日から2カ月やります。あべのハルカス美術館でやりますので、もしお正月もあの辺りに大阪に行くようなことがあればぜひご覧くださいませ。

宮田亮平: ぜひぜひご覧ください。

コシノジュンコ: あの普通ね。ファッションショーってなかなか生で見ることはないと思うんですね。ファッションショーってだいたいご招待の世界で、縁がある人でないとおそらく無理だし。プレスかバイヤーか、本当に近い顧客しか入れない世界だから見るチャンスないと思うんです。そういうビデオがいっぱいありまして、実物もだーってあるので。大分県立美術館って遠いんですよ。空港から2時間かかるようなところで。だけど8回来た人もいましたよ。

宮田亮平: 8回。

コシノジュンコ: 8回も。えらいなーと思ってもう感動。別にその8回も来なくていいんですけど、簡単に大阪だったらいけるので、大分県立美術館は遠くて大変でしょ。

宮田亮平: 結局ね。リピーターの方っていうのは一回見たときの感動があるけど、もっとあるんじゃないかって。自分が変化していくわけですね。そうすると見る目がAが見えてるけど、次になったときにBの目も見れるんですよ。そうすると、こんな自分が発見することのできる人間なんだっていうようになって、自分もポジティブになる。するとCも見たくなるとすると、結局8回になっちゃうんですよ。そのぐらい中にコシノさんのものの中にジュンコさんの中にいっぱい含まれてるんですよね。

コシノジュンコ: いろんな要素がありますからね。私ほんとうはね、ここでは出てないんですけど、花火のデザインもしてる。初めて沖縄に行ったときね。「今日花火があるんですよ」と言われて「見ます」ってことで。花火って嬉しいじゃないですか。で見てすぐ意見言っちゃうんですよ。「これオペラで花火やるともっといいじゃないですか」「じゃあ、いいだしっぺだからやってください」って言ってみたものの、どうやろうと思って。それで沖縄だから基地がありますよね。オペラって言うと、やっぱり蝶々夫人かなと思ってアメリカと日本の関係だから、その「ある晴れた日」で花火をやってね。っていうもののじゃあどうやって表現する。だから真っ黒い紙にラーラララって3つくらい絵描くんですよ。足の踏み場ないくらいいっぱい描いて花火さんにそれで言うしかなかったんです。そこで私、絵をいっぱい描くっていうのがね。あの辺のもう10何年やってますね。いっぱい描くって、言葉で言えないから。

宮田亮平: それどんどん進化するわけですね。

コシノジュンコ: 進化するんです。そのうちね。ただ紙に描くってもったいないから、今度キャンバスにやってみようとか、ちょっと欲が出てきますよね。

宮田亮平: そうなんですよ。あんまり私どもの世界、浸食しないでください。

コシノジュンコ: 今、進行形です。

宮田亮平: ああ怖いですね。でも楽しみですね。

コシノジュンコ: 私も日展出したいなと思って。

宮田亮平: そうなのよ。もうそのひとことを。

コシノジュンコ: 審査よろしくお願いします。

宮田亮平: ドキ。いや、でもこういう先生のような方がね。どんどんどんどん挑戦してくださって。開かれた日展で、ときめきのある日展。日展に来たらとても元気になったっていうふうな。素晴らしいそのなんていうかな、応援団でもあり、ファンでもあり、だけどリーダーでもあるっていうふうないろんなものを持ってますけどね。すごくいいなと思ったのは加藤登紀子さんが書かれた文章の中に「楽しい! 面白い! 美しい! ワクワクする! そこにコシノイズムが生まれている!」というふうなことが書いてあるんです。

コシノジュンコ: やっぱりコミュニケーションだし、人の気持ちを動かすっていうのか、やっぱり服ってただ物ではないんですよね。大変精神的に大きく表現できると思う。だから急に嬉しくなって今までなかった感性が出てきたりとか、だから自分で、こんな感性が今までなかったって、それをやっぱりリアルに出せるというかな。着るものを着るとやっぱり着るだけではないと思うんですね。特にステージに立つ人なんて重要でしょ。あのよくコンサートでもTAOでもそうですけど、衣装を変えた途端に本当にブロードウェイですもん。

宮田亮平: ああ、ブロードウェイ?

コシノジュンコ: ブロードウェイ、だからそうやって、行動が違ってきちゃう。

宮田亮平: なるほどね。

コシノジュンコ: 「ここでいいわ」じゃなくて、意外に誰が見てるかわからないし、面白いですね。

5つのジャンルがある日展のすばらしさ

宮田亮平: それでは最後になりますけど、日展に対して何か一言お願いできると嬉しいなと思うんですが。

コシノジュンコ: 私も美術を目指してたもんですから、日展というともう違った目で見てすごいな、藝術院会員、すごい方だなって思って見てます。工芸と、洋画と。

宮田亮平: 5つあります。日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書。

コシノジュンコ: こういうふうにね。5つもあることって、展覧会ってものすごい中身が濃いというかすごいですよね。そこに一番光っていらしたのはイルカですね。

宮田亮平: いやいや、そんなことない。それを引っ張るために僕はお連れしたんじゃないです。

コシノジュンコ: いやいや、本当にそこにイルカって感じですけど。

宮田亮平: そういうことか。

コシノジュンコ: いや、本当なんかね、みんなそれぞれ違うってことがいいなと思いました。そうなんですよ。だからモノマネとか影響してるうちはまだ学生です。いいんですよ。デッサンしてるからそっくりに。最初あの、コピーではないけどもやりますけど、それはお勉強中はいいんですけど、やっぱり自分のものを作るっていう意味では、ここは挑戦するところですよね。

宮田亮平: そうですね。

コシノジュンコ: 書道も先ほど墨と半紙だけでしょ。なのに、やっぱり内容が深いというか、素晴らしい。字を書くだけじゃなくて。そのトータルでやっぱりきちっとして完成度ってすごく重要だと思います。

宮田亮平: おっしゃるとおりですね。

コシノジュンコ: その字を書いて終わりじゃなくて。それどんな方法でどんなふうに表現するかっていう。そっからはスタートですよね。だから深いものを感じました。

宮田亮平: ありがとうございます。あの前理事長の奥田小由女先生にお言葉を。

コシノジュンコ: 先生の先生がいらっしゃる、びっくりしました。この前お隣でご一緒してね。それで私あの普通にお話ししてたんですよ。宮田先生が飛んできてひざまずいてるから「先生の先生がいるんですか」というので、今回で2度目お目にかかれて。可愛い、あの素敵な作品で、かわいい夢のある。

宮田亮平: 愛を感じて素敵ですね。せっかくですから先生の先生ですよ。奥田先生。

奥田小由女: まあ本当に素晴らしいお話をいただいて、今のショーとかいろいろとても感動しております。私たちにこんな風に美しいものはポジティブにするとか、本当に前向きな先生の姿勢っていうのは本当に感動的で、さっきのファッションショーも本当にうっとりとして見とれて、まあこんな素晴らしいものを見せていただけるなんて本当に幸せだと思います。私たち日展の作家たちも先生にならって前向きに頑張っていきます。ありがとうございました。

コシノジュンコ: 今日が一番若いですから。ありがとうございます。

宮田亮平: 奥田先生。突然申訳ございませんでした。いやー。でも本当にありがたいなと思いました。

どうでしょうかね。質問一つぐらい。

コシノジュンコ: もしよろしければ。

宮田亮平: こんなチャンスはございませんので。

コシノジュンコ: あの今、大樋年雄さんが陶芸家いらっしゃいますけど、私はTBSラジオ9年近くやってるんです。毎週日曜の夕方5時なんですけれども。昨日でしたっけね。ゲストに出ていただいて、放送は来週になると思うんですけども聴いてください。

宮田亮平: 日曜日午後5時からですね。

コシノジュンコ: 素晴らしいお話ありがとうございました。ちょっとだけ立って。光ってますから。

宮田亮平: ええ。よく光っておりますのでですね。作品も飴色でよう光っておりますので。

コシノジュンコ: 本当に作品強いというか、やっぱり11代目だけあって、アバンキャルドというか革命的なというかすごさがあるっていうか。

宮田亮平: 概念を超えてね。やはりあの日展の面白さって、やっぱり挑戦することと同時に、背中に116年の途切れることのない歴史観というものがございますし、日本の文化を牽引してきたという誇りもあるんですね。そんなこともございますので自我自賛してはいけないんですけれども、皆さま、何かこんなことはこんなチャンスにお聞きしたいなぁなんてのがございますでしょうか。

若い人へ。自分の生き方をしっかり持つことの大切さ。

宮田亮平: はいはい。出てきた。はい、どうぞ。若い人いいなぁ、

コシノジュンコ: やっぱり手を挙げるだけで、勇気、偉いです。

高校生: 本日はありがとうございました。高校3年生です。僕はイギリスの美大を目指して今頑張っているんですけども、あのコシノ先生のように僕もファッションデザイナーになりたいなっていうふうに考えていて、やっぱりファッションって自分を表現できる。着る人も作る人も表現できる、そういう素晴らしい芸術作品だなっていうふうに日々感じています。若い人に向けて、あのメッセージなんかいただけたら幸いです。お願いします。

コシノジュンコ: はい、あのロンドンの大学に行くつもりなんですか?

高校生: はい。

コシノジュンコ: セントマーチンズ(セントラル・セント・マーチンズ)ですよね。

高校生: 目指してます。

コシノジュンコ: うちの息子が、ちょっと青学(青山学院大学)の2年生で辞めたのかな。セントマーチンズに行きまして、その後4年半くらいいたんですけどね。やっぱりね、一歩出るということは日本を大切にしますね。だから、今日本にいる間に日本のことをお勉強して行った方が、もっと力になると思う。みなさんそれぞれの国を代表してきてるわけだから、日本のこと聞かれて、ある方が留学してね。着物着たことあるのって。一回も着たことない人がいて、帰ってきて、ああ着物着なきゃみたいな。急に慌ててっていうふうにね。日本代表みたいに見えちゃうから、日本のこともちょっと分かってていくと、もっと勇気が出ますよね。それで改めて外国から日本を見ると、日本っていいなってなるし、いろんな見方が変わると思うので、一歩出るのは素敵なことだと思います。特にアートとなるとやっぱり作品勝負だから。デッサンではないけど、本当に自分の生き方をしっかり持つことが大切ですよね。

高校生: ありがとうございます。

宮田亮平: よかったね。うん。

コシノジュンコ: 頑張ってください。

宮田亮平: ええ、もっともっといろいろな方からお聞きしたいんですが、今おいくつ?

高校生: 17歳。

コシノジュンコ: 17歳。高校2年生ですか?

宮田亮平: 戻りたいな。

コシノジュンコ: 高校3年生。今ちょっと微妙な、大切ですよね。でもかっこいいシャツ着てるじゃない。

宮田亮平: おい、ちょっと立ってみてよ。

コシノジュンコ: かっこいいですよ、自分で買ったわけじゃないですよね。

高校生: 父からのお下がりです。

コシノジュンコ: じゃあ、お父様がいいんじゃないですか。

宮田亮平: そうですか。よかったね。これを自分の大きな糧にして。ご自分だけじゃなくてね。セントマーチンズに行ったらこんな話があったんだよっていうことでときめきを共有するといいですね。多くの人たちにね。

さあ、そんなことでこんな素晴らしいこの「大丈夫は人である」ということでですね。そんなことのお話をお聞きして日展の第10回の記念すべき対談でございますが、コシノジュンコさん、「美しいものは人をポジティブにする」ということで、この回を終わらせていただきたいと思います。最後に一言。

かきくけこ。感謝、希望、くよくよしない、健康、行動

コシノジュンコ: 最後に一言、「かきくけこ」なんですけど、「か」は何があっても感謝。今あることに感謝。「き」は希望。常に希望を持つ。「く」、くよくよしない。何があっても何があってもくよくよしない、「へっちゃらよ」みたいな。「け」は、絶対に重要なのは健康です。健康っていうのはお金持ちのことです。ちょっと病気になったら大変不経済ですよ。だから病気しないということ。健康を保つことは何でもできちゃう。人のためにできます。健康でないと人のためにできないです。そして「こ」は、やっぱり思ったら行動する。思うだけではだめです。誰も見えない。思ってたのって言っても見えないから行動して初めてわかるんで「かきくけこ」です。よろしくお願いします。

宮田亮平: ありがとうございます。ほんと素晴らしいですね。

コシノジュンコ: 最後にちょっとパフォーマンス。



宮田亮平: ありがとうございました。

 

 


宮田亮平《シュプリンゲン23-2》を鑑賞するコシノジュンコさん